砂湯。それは海浜の温泉熱を利用した独特の入浴スタイル。首から下を覆うように砂をかけ、じっとしているだけで汗をかく。
九州一周の最後の地 大分県に到着した私は、宿泊先のゲストハウスに着いて早々ゲストハウスを去ることになり、詰んでいた。同部屋の外国人がラリっていたせいだ。
到着15分で予定が全狂いする貴重な体験だった。
20時を過ぎた見知らぬ土地を彷徨い歩くこと40分。ようやく空室のあるオアシス(快活クラブ)を見つけ入店。この日以来、私は快活クラブのことを快様と呼ぶようにしている。
翌朝、顔も洗わず真っ先に向かったのが「別府海浜砂湯」。

別府でやりたかったことナンバーワン、砂湯。「朝一番にいかなくては混む」という情報をもとに、かなり早く着いたはずだがもう先客がいた。ただなんというか、うーん、四字熟語でいうと「高齢社会」という空間だった。
受付でお金を払い、簡単な浴衣を貰い脱衣所へ。若者(といっても30歳だが)の一人客が珍しいのか、横で着替えていたちいちゃいおばあちゃんに話しかけられた。
当たり障りのない話をして更衣室を出る。
砂湯に繋がる扉を開くと、たくさんのおじいちゃんやおばあちゃんが砂に埋まっていた。
すごい光景だった。
おじいちゃんおばあちゃんの生首が均等に並び、傍らで湯屋のおばさま達が彼らを生き埋めにするがごとくスコップを振り続けている。
あかん、わろてまう。こらえろ。
私に気付いた湯屋のおばさまがここに寝ころべと指示を出す。言われるままに砂の上に寝そべるとじわりと温かい。
「砂が重かったり、熱すぎたりしたら教えてくださいね」
それを合図に私も生き埋めにされる。
これ、私も顔だけ出てるんか…
生首コレクションに自分も追加されたことがじわじわくる。笑うと体が動いてしまい、こんもり乗せられた砂がぽろぽろと顔に流れ落ちてくる。
(だめだじわるwwww無理www熱っwww助けてwwww)
横のおじいさんがカスカスの声で「もっと砂をかけてくれぇ…」と声を出す。
(やめとけwwwwww)
「これ以上乗せて大丈夫?ちょっと怖いわあ」湯屋のおばさまもビビってる。
砂湯はしっかり熱く、心地よい重さがあった。ただ、一回ツボに入ってしまった私は、結局最後まで静かに笑い続けリラックスどころではかった。
砂湯から出ると簡単な風呂場があり、汗と砂をそこで洗い流した。湯船に浸かっていると白い湯気の向こうに、脱衣所で話かけてきたちいちゃいおばあちゃんが居た。
既に顔見知りの仲と思い「いや~なかなか面白い体験でした~」と軽く声をかけて近づく。振りむいたおばあちゃんは知らない人だった。おばあちゃん違いだ。なにせみんな背格好が似ている為、判断材料が顔のパーツしかないので仕方がない。
その違うおばあちゃんは突然背後から馴れ馴れしく話かけてきた私に嫌な顔ひとつせず世間話に付き合ってくれた。しかも私がひとりで九州一周している、大分県は初めて来た、という話をすると「私達これから別府の温泉街に行くから乗せてあげようか?」と言ってくれた。
砂湯から温泉街まで、まさにどうやって行こうと考えていたのでめちゃくちゃラッキー。
お言葉に甘え、おばあちゃん夫婦の運転する車に乗せてもらう。車に乗って驚いた。とんでもなく物が多い。飲み物、お菓子、サンダル、長靴、布団まである。このご夫婦、二人そろって旅行が大好きなのでしょっちゅう車中泊をしてあちこち回っているらしい。
おじいちゃんもおばあちゃんもニコニコして、あそこが楽しかったここが良かったと盛り上がり本当に可愛くて幸せな空間だった。さっきまで生首生首言ってた自分を恥じた。
もう二度と会うことはないおじいちゃんおばあちゃん。あんなふうに生きたいなあ…
温泉街で再び一人になった私は、地獄蒸焼プリンを食べながら「地獄プリン?ほんとだ!地獄の味がする!」という子供の声を背にしみじみ人生について考えるのであった。

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