名古屋から出発したフェリーはゆっくり北上していく。海の上ではスマホも圏外。
一人旅ゆえに喋り相手はおらず、持参した小説は難しくて読む気にならない。
朝風呂に入り、船内レストランのランチバイキングで爆食、そのまま死んだように眠り、目が覚めると15時。そろそろおやつの時間だなとラウンジでスナック菓子を貪り食い、船の揺れでいつの間にか白目という一日。
やることがない。

隣の席から「お前、いっぱい食べたな」「いやね~あなたのほうが食べてたわよ~」という老夫婦の微笑ましい会話が聞こえてくる。いいなあ、歳をとってもこんな可愛い会話ができるなんて。と思っていたら「お前の方が食ってただろ」「どの口がそんなこと言えるの見てみなさいあなたの皿の数」と言い争いに発展していた。
さて、私はというとレストラン入り口のお品書きにあった「炒飯」がどこにもないことに困惑していた。無類の米好きである私を呼び寄せておいて、テーブルに炒飯を置いていないとは何事だ。
周りを見てみる。炒飯を食べている人間はどこにもいない。致し方ない。
諦めて2杯目のラーメンをお代わりしに行くとスープ鍋の陰に保温ジャーが隠れていることに気付いた。
蓋を開けると

こんなところにおったんかいワレェ!
誰にも気づかれず誰にも手をつけられずの炒飯。そっと皿によそう。
待たせたな。
早速席に戻ってモリモリ食べる。
と、気のせいか騒音に混じって「炒飯」という単語が何度も耳に入ってきた。
「…の…と…炒飯………て…よ」
「…、炒飯……に…っ…の?」
「…っ…り……た…炒飯…こ……ね…笑」
間違いない。この会場内で炒飯を求めている人間がいる。
【おさしみ:騒音の中で「炒飯」という単語だけを聞き分ける聴力を持つ女】
「あの人炒飯食べてるよ」「え、炒飯なんてどこにあるの」という会話が繰り広げられているに違いない。
ラーメンスープの後ろだよと教えにいこうか。だが突然知らない女に「炒飯、探してますか?」と話しかけられるのも気持ち悪いだろう。
なんて考えているうちに時間は過ぎ、特にアクションを起こすこともなくランチタイムを終えた。
数時間後、フェリーは経由地の仙台に。新しい乗客が増え、船内は少し賑やかになる。
コミュ力の高いおばちゃん、愛想笑いのおばちゃん、全く人の話を聞いていないおばちゃん、ウォーターサーバーからせっせと人数分のコップを運ぶおばちゃん、身をよじって隣テーブルの会話に入り込むおばちゃん。etc
仙台におばちゃんを補給しに寄ったかのごとく、おばちゃんが増えた。
引き続きやることがない私は、懲りずに甲板に出たり、ラウンジに戻ったり、甲板に出たりしていた。本当にやることがなかった。
甲板からの景色はこちら。

う~~~んッまぶちいぃッ(*/ω\*)
(人間はしばらく頭を使っていないと知能が極端に低下する)
日が暮れ始めると少し寒くなる。
お手洗いに行くためラウンジに戻り廊下を歩いていると、集合体となったおばちゃんたちが発する独特の周波数を含んだ笑い声が聞こえてきた。
出どころはなんと女子トイレ。
入ってみると、洗面所の鏡に向かって肩を寄せ合っているおばちゃんが3人、その一歩後ろにいくつかタッパーを持って待機するおばちゃんが2人、頻繁に出入口を行き来する運び屋的おばちゃんが1人。
トイレは酸っぱい空気に包まれている。前線のおばちゃん達は3人とも箸を持っている。
え、まって何してんの?
見ると、前線のおばちゃんが洗面所の空いたスペースに置かれた大きなタッパーから何かを箸でつまみ、待機組から渡された小さなタッパーに詰めている。そして完成した小さなタッパーを運び屋がどこかに持っていくという流れができている。
見事な連携。
で、そのタッパーの中身が何だったかお分かりだろうか?
ヒントは白くて小さくて可愛くてみんなが大好きなアレ。
そう、らっきょうだ。

なんと女子トイレの中でおばちゃんによるらっきょうの小分け作業が行われていたのだ。しかもタッパーの量は2~3個というレベルではない。「大量生産」の域である。
運び屋のおばちゃんがタッパーをどこかに持って行くと、離れた場所から受取人(言わずもがなおばちゃん)の声がする。これも1~2人の声ではない。怖い。さすがの私も後ずさりした。
その後フェリーは無事に北海道の苫小牧に着き、私たちはそれぞれ船を降りた。
あのおばちゃん集団が何者だったのか、最後まで分からなかった。
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